WORLD-11-
田所を家に送ると、八時半頃になっていた。
一度事務所に戻り、そこから自宅に着くともう九時近くになる。
玄関をくぐると一息。
明日も八時には家を出ることになるのだ。身体的な疲労が重なる。休日が恋しい。
部屋に戻ると少女と二人。
四年前と接し方もさほど変わった訳ではない。暇さえあればいつでも考えている。
同じように、ベッドに寝転がる。
何故、また会ったのだろう。
何故、俺は覚えていたのだろう。
神はいったい何がしたいのだろうか。
そんな事を考えて、いつの間にか眠りについた。
眠りにつくと彼女は一人。
胸を高鳴らせる。
どこか狂ってしまっているかもしれない。
判らない。
唯―――。
数か月が経った。
ある日の休日、
「今月で行方不明者は八人となり、その全てが…」
そんなニュースを眺める。
この国も物騒になったものだなと頭の隅で思いつつ、テレビを消す。
叔父さんは今日も仕事らしい。何でも、やらなければならない仕事があるようで一人、事務所に向かった。
相変わらず休日を有意義に過ごす手段が浮かばないのだが、働いているせいか、今はそれでもいいかなという気がしている。
そんなことを思いながらリビングのソファに体を預けていると携帯が鳴る。
叔父さんだろうか。
そんな疑問を抱きながらも携帯を手に取る。
「もしもし。」
「やあ、煉。良い休日を過ごしているかな?」
連絡してきたのはショシャンだった。
田所から紹介されて以来、ショシャンとは頻繁に連絡を取っている。
どういう意図で自分なんかと一緒にいたがるのか理解できなかったが、純粋に楽しんでいるのかもしれない。最近はそう思えてきた。
「今日は休みって田所さんから聞いたんだけど。良かったらランチでもどうだい?」
「…ああ、問題ないよ。大学にいるのか?」
「そうだけど、来るのかい?」
「まあ、近いし。」
「そっか。近くにおいしいお店を見つけたんだ。そこへ行こう。」
「分かったよ。一二時頃そっちに行くから。」
「分かった。待っているよ。」
返事を聞くと電話を切る。
またおいしいお店を見つけたらしい。あちこち探しまわっているようだ。四年以上ここに住んでいるのにまだ見つけるのかと驚かされる。恐らく自分なんかよりもずっとここら辺の事に詳しいのだろう。
約束された時間に研究室の扉を開けるとショシャンがいた。相変わらず研究に熱中している模様だ。乱雑に置かれた資料の中に人影が見える。
「ショシャン。」
「ちょっと待って。もうすぐ終わるから。」
パソコンにカタカタと文字を羅列していく。
相変わらずの集中力だと思う。
「んん、良し。行こうか。」
数分の後、そういって勢いよく立ち上がる。
「ここだよ。カレーがすごくおいしいんだ。」
「へえ。」
大学から一〇分程歩くと階段の前で立ち止まる。
判りにくい場所だと思う。良く言えば隠れ家的、とでもいうのだろうか。
「こっちだよ。」
ショシャンに案内され階段を登る。
店内は洒落た印象を受ける。
席に着くとショシャンと同じカレーを注文する。
「…煉、あの論文なんだけど、」
しばらく他愛のない会話をしていると、またその話題を切り出す。
「まだ読んでない。」
「そうか。ならいいんだけど…。」
ショシャンはあまり読んでほしくないのだろう。そんな印象を受ける。
今までにも数回聞かれていた。
「…どうしたんだ?」
いつもは流していたのに、今日は違った。
「んー………。いや、余り期待はしないでというか、違う。……んー。」
何か言いたいようだった。
反応から何となくは推察することができる。
「何が書いてあるかは知らない。でもまあ、別に何も変わらないと思う。」
「…んん。ありがとう。」
再び、他愛のない会話に戻る。
昼食を終え、ショシャンと別れると再び自宅に戻る。
自分の部屋に入ると机の上に置いたままの論文が目に入る。
今は読む気分にはなれなかった。
手を伸ばせば届くのに。
最近何故だか少女は機嫌が良いように見える。
俺はそれにどこか恐怖していた。
「台風8号は今日…」
テレビを眺める。
そうは言うものの、外を見れば雨の降る様子は無い。
ショシャンと会ってから一週間が経過した。
普段通り朝から晩まで働き詰めだ。
疲労感を感じながらデスクに座る。
「煉くーん?就業時間まであと10分よ。頑張って。」
後ろから声がかかる。事務の江間さんだった。
目線こそ目の前のパソコンに向かっているが微笑みながら注意を促す。
「ああ…すいません。」
「大丈夫?」
「ええ、大丈夫です。すいません。」
再び仕事に集中する。
「ふっふふ。錬くんそれしか言わない。」
「……すいません。」
「もっと気を楽にしてもいいのよ?」
「…はい。」
「錬くん。」
「はい。」
「…今度ご飯食べにいこっか?私奢るよ?」
唐突だった。
「あー…。いつですか?」
「んー…。来週の休日なんかどう?」
「じゃあ、」
終業時刻を告げるベルが鳴る。
「……すいません。また今度で良いですか?」
「…うん。待ってる。」
そういって彼女は微笑んだ。
帰り道、自宅まで徒歩で帰宅する。
わざわざ車に乗るほどの距離でもない為、叔父さんが一緒でないときは大体歩いて帰っていた。
まだ明るい帰り道を歩いているとショシャンを見かける。
大学とは反対の方向へ向かう。
気にしなければいいのに、気になってしまった。
何処へ行くのだろうか。
罪悪感を覚えながらも彼の後ろに続いた。