WORLD-12-

古いアパートだった。今ではもう誰にも使われていないのではないだろうか。そんな風に見える。

こんな処に住んでいるのだろうか。

いや―――。

不信感。

妙なざわつき。

違う、何か。

行かない方がいい気はしていた。

それなのに足を運ぶ。

 

彼は慣れた様子で部屋に入る。

鍵は―――。かけていない。

多分最初からかかってすらいなかった。

 

彼が部屋に入って数分。

どうしようか。

入らない方がいい。

でも。

 

好奇心だけならこんな事はしていない。

そこまで他人に対して興味は無いのだから。

ドアノブに手がかからない。

何故だ。

 

こんな時に彼女はいない。

無意味。

すがろうとする自分に嫌気が刺す。

勝手な都合だと嘲笑する。

 

 

手をかける。

何か捨てた気がした。

捨てるだけの何かだったろうか―――。

 

部屋に入る。

ああ。

その中の一室だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何故だ。」

目の前の男に問う。

「なんだい?」

狂気に満ちた目が俺を見つめる。

「何故壊れる。」

「壊れてなんてないよ。私は何も間違ってはいない。」

肉塊となった少女の片腕を愛おしそうに撫でる。

 

彼女は悲しそうな顔をしている。

何故そんな顔をするのか。怒りさえ覚えた。

しかし今はそんなのどうでも良い。

 

 

 

「お前は、壊れている。」

再び告げる。

「くっふふふふふ。」

彼は笑った。

とても楽しそうに、笑った。

「違うよ!!何をやってもいいんだ。そういう世の中なんだ。何故分からない!!」

「ああ。否定しない。」

「ふふふっ。そうかい。じゃあ君は何が間違っているというんだい。」

余裕めいた笑みを浮かべて問う。

「お前は殺した。そして理解していない。」

「そういう世の中じゃあないか。殺してはいけないのなら何故殺せる?一体何を理解していないというんだい?」

「可能性を奪った。それは罪だ。」

「…では何故殺せる?何故私は殺すことができる?」

「殺すことも許されているからだ。」

「ふふ。意味が解らないよ。全く、理論的でない。」

「可能性を奪う事がどれだけ大罪であるか理解していない。…お前は逃げている。」

「逃げて……いる…?」

彼に動揺が走るのが解る。

「私が逃げている?ふふふ。まさか。そんな筈がない。私は正しい事をしている。」

「お前は罪の重さから逃げている。」

「違う。違う!違う!違う!違う!違う!!私は正しい!!正しいんだ!!」

「お前は間違っている。」

「嘘だ!!そんな筈がない。だって、そんな…!!」

刀を取り出す。黒い、影のように形を待たない靄だった。

一歩、また一歩、彼に近づく。

 

「何…何だ!?止めろ!!近づくなっ!!」

傍にあった血まみれのナイフを突き出す。

「何故怯える。」

突き出したナイフを切り払う。

 

ぼとり

 

「くうぅぅぅぅああああああああああ…………ッッッ」

痛みは感じていないだろう。それでも、腕を切り取られた衝撃に彼は呻いた。

壁際、彼の胸ぐらを掴む。

「何?何だ!!何をする!?」

「お前を殺す。」

「嘘だ…!!そんなのおかしい!!殺すことは罪なんじゃないのか!!」

 

 

「ああ。許されざる大罪だ。」

 

「――――――――。」

 

彼は絶望した。

 

 

 

「嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!神よ!!神よッッ!!!!どうかッ…!!」

刀身は既に、咽喉元に触れるか否かのところまで来ていた。

「何故だ……何故なんだ…ッ!!」

「……フフッ」

思わず笑う。彼と同じ、狂気の笑みだ。

危ない。本当に危ないところだ。そう思う。

こいつじゃない。これはこいつに言いたい言葉じゃない。

 

「何故死ぬのか。そう聞いているのなら、」

 

 

「お前が弱いからだ。」

「よわ……い…」

 

 

 

 

「くっふっふっふっふっふっふっふ……」

 

 

 

「フフフ…クッフッフフッフッフッフッフッフッアーハッハッハハッハッハッハッハ」

 

「ッハッハッハッハッハッハハハハハハッハッハハハアハハハハハッッハハッハッハハッハッハッハッハハハッハッハハハッハッアハッハッハハッハハアッハハッハハハハッハハアハハハハハッハハアハハハハハハハアハアッハハアッハハアハハハハハハハハハハハッハハハハハハッハッハハハハハハハハッッハハッハッハハッハッハッハッハハハッハッハハハッハッアハッハッハハッハハアッハアハハハハハハハアハアッハハアハハハハハハハアッ」

 

 

 

 

 

 

「ああ゛ア゛ア゛あア゛アあ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッ……!!!!!」

 

 

 

 

 

 

憎しみだった。一片の曇りのない憎悪の声が空気を震わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

外は暗い。あるはずの太陽がそこにいない。

傘を差し、そのまま家路につく。

 

「グッ………はッ……」

嘔吐感。慌てて路地裏に隠れる。

盛大に吐き出す。立っていられない。

 

 

 

「ああ゛ア゛ア゛あア゛アあ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッ……!!!!!」

 

 

 

彼の目が、声が。脳に焼き付いている。

解る。体が言っている。お前は大罪を犯したのだと。

 

簡単な事だ。警察に言えばそれで良かった。彼はそれなりの罰を受けることになる。

 

出来なかった。考えてしまう。止められない。

殺された少女たちはどうなる。残された遺族は。理不尽な死。悲しみ。絶望。憤り。

 

では彼は死ぬべきだったのか。

死を持って購うべきだったのか。判らない。それでどうなる。変わらない。何も。

 

 

 

 

分かっていたのに。

 

 

 

 

 

怒り。憤怒。憎悪。嫌悪。怨恨。欝憤。憤懣。辛辣。遺恨。怨嗟。憤懣。軽蔑。蔑視。侮辱。嘲り。侮蔑。

 

足りない。足りない。足りない。足りない。足りない。足りない。足りない。足りない。

足りない。足りない。足りない。足りない。足りない。足りない。足りない。足りない。

 

 

「………俺はッ…!!………俺はッ!!……。」

 

 

少し後ろに佇む彼女は、どこか悲しそうにそれを眺めた。