WORLD -15-
「豪。そろそろ煉一人に任せてみようと思う。」
前触れなく田所は零す。
突然の事に叔父さんは揺らいだ。
「ですが、」
「いや、いいんだ。」
今後を憂慮してだろう。しばらくは無言のままだった。それでも叔父さんは言った。
「…分かりました。」
その返答に田所はんん、と短く返事をすると同じ様に外を見やったままぼうっとしていた。
幾日か経った後、田所は俺一人を連れていくようになった。叔父さんは田所の代理として他議員の演説会に出席するなど別行動をとっている。叔父さん程の力量を持ち合わせていないと知りながら俺一人に任せたのは将来を見越してだったのか。その判別はつかない。
叔父さんがいなくなっても田所は別段変わった訳ではない。勿論俺自身も。
「一四時から―――。」
今まで叔父さんが田所の傍でこなしていた仕事全てが回ってきたのだ。
頭の中は仕事の事で一杯だった。それでも。
ほんの少しの休みの間に考えていた。
いや、止められなかった。
それを考えている間だけは、俺は本当に俺自身である気がした。
「本日の予定はこれで終了となります。」
「んん。なかなかだったよ。」
一言感想を告げる。
「ありがとうございます。」
そう返事を返すも至らない点は多々あったと自覚している。
叔父さんの域に達するには多くが足りなすぎた。
「帰りに寄って行きたいところがあるんだ。」
「分かりました。」
田所が指定した場所は公園だった。厚生省の近く。
ここに来る意味が解らない。
気分転換だろうか。
それにしても遅すぎた。既に十時を回っている。
「歩こうか。」
車から降りようと彼は言う。
心地よさそうだった。
今まで見たことがない顔だ。
愉しんでいた。
腕を広げてこの静寂を満喫していた。
心の底から浸っていた。
「明日も早いですよ。」
そんな忠告は彼の耳には届いていない。
「良い夜だ。」
月が明るい。
足元を照らす照明すら邪魔だった。
お互い無言のままだった。
田所には俺が見えていないかのようだ。
若干の配慮はありつつも、俺自身もまた同じだった。
苦では無かった。
寧ろ望んでいた。
ひとしきり浸った後、残っていたのは静寂だった。
張りつめた空気――――。
「―――――――――。」
「―――――――――。」
「彼は偉大だった。」
小説の冒頭部分でも音読したのではないか。そんな風に思える程、
丁寧に、大切に謳った。
「偉大になるべき存在だった。と、言うべきか。」
「――――――――。」
誰の事か。
そんな事は言わなくても解っていた。
「――ええ。」
「君は―――、君は一体何がしたいんだね?」
彼の目に、確かな意思を感じた。
「……気に食わないんです。」
「……そうか。」
「君も、私と同じという訳だ。」
「…ええ。」
カチャリ。
小さな音とともに田所が取り出したのは拳銃だった。
「見慣れない拳銃ですね。」
「マナとは本来人の本質を具現化する物だ。これは私自身である。」
銃口はこちらを向いていた。
「君は何だ?」
その問いが投げかけられる少し前から、それは俺の手の中にありはじめていた。
「何だ?それは。……刀、か?」
田所は小首をかしげてその靄を見る。
「っくっふっふっふっふっふ。」
思わず、田所は笑ってしまったのだろう。
「なんだそれは。まるで幼稚園児の2次変換じゃあないか。」
「………………。」
「…まあ、いい。」