WORLD -16-
ダンッ
乾いた音が一つ。
薬莢が跳ねる。
銃弾を躱す。
近接する。
ダンッ
もう一つ。
銃弾は跡形もなく黒い靄の中に消えた。
「ッ……!!」
一気に間合いを詰める。
横に一閃。
「ッぐ……」
裂いた。
がしかし浅い。
一撃で仕留めたいところだった。
2発目を処理した瞬間、田所の中の余裕が消えた。
もっと早く動けていればと思う。
冷静だった。
いつもより何倍も。
冴えわたっていた。
正直楽しんでさえいる。
「驚いたよ。そして愚かだった。すまないね。」
額には冷や汗が浮かんでいた。
くふふ、と笑う。
胸を押さえながらもしっかりと俺を見据える。
「私も自分の戦い方をしようと思う。」
田所は距離を取る。
距離を詰めようとすると足元に銃弾が飛んでくる。
追いつけなかった。
茂みにでも隠れたのだろうか。
彼の姿は見えなくなっていた。
園内を歩く。
辺りを警戒しながらもやはり楽しんでいた。
この期に及んでまだ―――。
性なのだろう。
たまらない。
ダンッ
銃弾が飛ぶ。
音に反応して体を逸らすが銃弾は肩を抉った。
「ッ……!!」
位置を把握する。
一気に走り出す。
更に二発。
体のどこかを抉った。
追いつける。
「ふふっ。立っているのがやっとなんじゃあないのか!?」
もう少しのところで彼は叫ぶ。
もう一発。
それはまた黒い靄の中に消えた。
殺せる。
そう思った。
彼の目が何かを捉える。
瞬間、彼は勝利を確信した目に変わる。
拳銃はあらぬ方向へ。
こんな時に。
彼はその手に力を溜めていた。
引き金を放つ。
彼が撃った先にあったのはオブジェだ。
その根元が抉られる。
傾き、倒れる先には。
なんでお前が。
世界が遅かった。
田所を見て唖然としているのか、ただ立ち尽くしていた。
そして、その後ろには――――。
「おいッ!!くっそ……何で……なんでだよッ!!」
訳が分からなかった。
何もかも。
狭山の左半身は潰れていた。
意味が解らない。
今起こったこと全て。
「お前にとって俺達は家畜同然じゃなかったのかよッ!!」
どうしていいのかわからなくて俺はただ疑問をぶつけるだけだった。
彼はまた嗤った。
「唯の馬鹿だと……そう思ってしまえば楽なのにな。」
何を見ているのか。
遠い目をしながら狭山はそう告げた。
「おいッ………おいッ!!!」
彼の瞳が閉じる。
「き、救急車ッ……!!」
彼の瞳が閉じてようやく冷静な思考が出来るようになる。
気付けば、狭山と一緒に居たあいつはもうどこにも居なかった。
狭山煉は一人だった。
いつも一人で孤立していた。
何故だろうか。
違うらしい。何かが。
俺はそれを知っていた。
自分の事しか考えられないのだ。
だから孤立していた。
他の人が羨ましく思う事があった。
誰かの為に生きているのだ。
そうして生きている彼らが羨ましいと。
そうなろうとした事もあった。
でも駄目だった。
俺は俺の為に生きていた。
ある時気が付いた。
彼らの醜さに気が付いた。
一体、何故俺はあんなものを望んでいたのかと。
そう思った。
それでも、俺は俺自身を肯定できなかった。
本質において、俺は彼らと同じだと。
そう知っていたから。
山ケ野竜也はごく普通の家庭に生まれた。
父親はサラリーマン、母は専業主婦のありふれた家庭だ。彼は両親からそれなりの愛情を注がれていたと自覚している。一人っ子で少し甘やかされもしたかもしれないが、その愛に溺れてしまうことは無かった。それは彼の気質がそうさせたのかもしれない。
小学生になると、彼はたくさんの友達を作った。誰とでも良く遊び、慣れ親しんだ。他より小さかったけど、ケンカも強かった。彼がいれば理不尽なんて起きなかった。彼がそれを許さなかったし、何よりみんなの事が好きだったから。みんなの良さを知っていたから。
彼はみんなの為に生きていた。
中学に入ると、彼はいじめにあった。
理不尽だった。
圧倒的な力だった。
理解できなかった。
何故だろう―――。
彼はその頃、他より少し童顔で背も小さかったからかもしれない。或いは、彼の人気に嫉妬してかもしれない。
次第に、みんなは彼から離れた。簡単な事だ。自分が虐められたくないから。分かっていた。
だからみんなの事も許せた。
仕方がない。これでいい。
最良の選択だ。
自分一人で収まりがつくなら別に構わないと思っていた。
彼は今でも本気でそう思っている。
でも彼は諦めない。必死で抗った。
ただ―――。
つらかった。一人であることがこんなにも辛いものかと思った。
いつまで続くのだろうか。
ただ、怖かった。
「…邪魔なんだけど。」
見上げれば、自分を囲む彼らの後ろに人影があった。
「はあ?」
主犯格の男子は後ろを振り向く。
周りの人間はいやらしい笑みを浮かべたりはやし立てたりと盛り上がる。
馬鹿かと思った。
一人でこんな人数に勝てるわけがないだろう。
そう思った。
でも。
正直に言えば嬉しかった。
二人ならどうにかなるかも。
そんな淡い期待がまだあった。
彼は嗤った。
何かに諦観した様な、そんな顔で嗤っていた。
どうしようもないものを見て呆れているような。
そんな印象を強く受けた。
それを察したのは俺だけじゃなかった。
彼らの気分を害したようだ。
そんな顔をすれば当然だ。
どうしよう―――。
彼の中の淡い期待は次第に膨れていった。
挑発と受け取った男子は彼の胸ぐらを掴む。
それでも尚、彼は余所を向いて嗤っていた。
そんな彼の体に衝撃が走る。
ここでも良く聞こえるくらい鈍い音が響く。
唖然とした。
俺には分からなかった。
彼はただ嗤っているだけだった。
その顔にさらに怒りが湧いたのか、先程自分が受けていた以上の暴力が彼を襲っていた。
まだ。
まだ嗤っている。
いつのまにか、彼らの興味は彼に向かっていた。
胸がすっとしないまま帰った彼らの後に残ったのは二人。
結局俺は何もしなかった。
ただ、彼の殴られる姿を見ていただけだった。
止めろと、そう思う事さえなかった。
呆然と、その姿を眺めていた。
「………なあ。……あの…。」
「……ありがとう。」
それだけは事実だった。
「……フフッ…。」
彼はまたしても嗤った。
さっきと同じような。でも少し違う。
分かってない。とでも言いたいような。
彼は立ち上がり、ゆっくりと歩き始める。
「待って。」
咄嗟に彼を引き留めた。
「俺……山ケ野、山ケ野竜也。…君は?」
「……狭山煉。」
呟くように言うと彼は再び歩き出す。
「狭山、煉」
彼の名前を口にする。
忘れない。
そう心に誓う。
重い体を引きずって、山ケ野もまた帰路に着いた。
暗闇の中にいた。
真っ黒な世界。
そこに俺は横たわっていた。
心地よかった。
いつからそうしていたのか。
分からない。
視界の隅にぽつんと、何か佇んでいる。
じっとこちらを見つめている。
ああ、お前か。
視界の隅で彼女を捉えた後、再び黒い世界に目を向ける。
「すまなかった。」
彼は真っ黒な世界に告げる。
気付けば、彼女は涙を流していた。
頬を伝って、何処かへ落ちる。
溢れ出る涙を拭う。
「なんで、謝るの?」
「…お前に言ってるんじゃ無い。」
「解かってる。」
「死んだのか?俺は。」
「ううん。」
彼女は首を横に振った。
何故、俺は此処にいるのだろうか。
考える。
既に知っていた。
判っていた。
許されざることではないのか。
そうなのかも知れない。
唯、そんなのはどうでも良かった。
彼女は知っている。
そしてどうであれ、彼女は俺をここへ呼んだのだ。
暗闇の中に立ち上がる。
彼はこちらに向かって歩き出した。
目が合う。
近い距離。
十分に、待ったはずだ。
俺が何をするのか、彼女には解っただろう。
それでも、彼女はそこにいた。
だから、俺は――――。
刹那、世界が堕ちるのを知覚した。
THINKER /ARMOREDCORE4.星野浩太
FALL /ARMOREDCORE4.星野浩太
SPIRAL /SPIRAL.上原ひろみ
ASIAN DREAM SONG/久石譲
「――――おじいちゃん!」
縁側に二人。
せがむ少女は足をぱたぱた。
「ん?おお、すまんの。」
「つづき!」
「そうして二人の神様が愛し合ってこの世界が生まれたんじゃよ。」
「うんうん!それで?」
「ん?それで終わりじゃ。」
「おわり!?」
「おお。おわりじゃ。」
「なーんだ。つまんないの。」
「これ。つまらないとは何事じゃ。今こうしていられるのも、神様のおかげなんじゃぞ?」
「え~。だって…」
「そんなふくれっ面になっても許さんぞ。このわがまま娘。」
こつん。と頭を小突く。
「うー。」
突かれた頭を押さえる彼女を眺めて微笑む。
「ねぇ。おじいちゃん?」
「んん?」
「じゃあさ。おじいちゃんも私も神様の子供なの?」
「ああ、そうじゃ。だからいつもわしらを見守ってくれているんだぞ?」
「えへへ。そっかぁ。じゃあ悪いこと出来ないね。」
「そうじゃな。神様怒らすとそれはそれは恐ろしい事になるからの。」
「どんな事?」
「口にするのも恐ろしい事じゃよ。」
「そんな……どうしよう。おじいちゃん。」
「ほほ。そんな心配せんでも神様はそう簡単には怒ったりせんよ。」
「…ほんとに?」
「うむ。」
「ほんとにほんと?」
「ほんとにほんとじゃ。」
「よかったぁ。」
「そうじゃのう。」
「じゃあさ。おじいちゃん!もういっこ聞いていい?」
「ああ、いいとも。」
「愛ってなあに?」
そこで一息。
老人は空を仰ぐ。
今日も空は青い。目を瞑ると本当に、何もかも忘れてしまうくらいに気持ちが良かった。
「おじいちゃん?」
幼い顔が老人を見上げる。
「……なんじゃろうなぁ。」
「おじいちゃんでもわからないの?」
「ああ。もちろんだ。ただ――」
「ただ?」
「――その気持ちが大事。」
「そのきもちがだいじ?」
「ああ。それだけは、確かじゃないのかのう。」
「ふーん。」
「あっ!お母さんだ!お母さん!」
少女は母親の元へ走り去る。
母親は一礼すると、笑顔で少女を迎える。
彼女もまた、屈託のない笑みを浮かべて手を振る。
微笑みを返してから一人残った縁側。
老人は再び空を仰ぐ。
これでいい。これで良いのだ。
流れる雲はとても気持ちよさそうだった。
END