WORLD-4-

自宅に帰って一息、台所で水を飲む。

 

……やりたい事、か。

 

大学に行ってまでやりたいことが俺には無かった。神について、世界についてなんて学びに行こうとは思わなかったし、何より自分で考えなければ意味がないと思っていた。それに大学なんて初めから論外だった。

 

自室に戻り、ベッドに横たわり目を閉じる。少女も同じく隣に寝転ぶのが解る。

 

 

「――――――――。」

「――――――――。」

 

 

 

 

 

彼女の頭を撫でた。

 

驚いた。目を開けると、彼女はいつも通り何を考えてるのか分からない顔で俺を見ていた。多くを考えた。初めての行為に対し、彼女は少しも拒む気配は無かった。何故そうしたのかわからない。不可解だった。

 

でもそんなことはどうでも良かった。ただ撫でているだけで、何故か安堵していた。

 

 

 

叔父さんは今日も遅いだろう。一人で夕飯を食べる。最近は22時を越えるのが当たり前になっている。だからほとんど一人暮らしと同じような感覚だ。いつの間にか料理は勿論、家事洗濯は普通にこなしていた。最初は叔父さんがやってくれていたのだが、その時のそれ(・・)は俺から見ても不慣れな印象を受けた。だから初めは同居人として何かしなければならないという責務からだったのだが。

彼の第一印象はどうだったか。記憶を遡ってみる。確か皺がよったワイシャツを着て俺を迎え入れてくれたと思う。穏やかな顔で俺を迎え入れてくれた。その顔は少しワイシャツ同様疲れているように思えた。幼い俺にはぼんやりと、そこに彼の心が見えていた。それでも彼は笑顔だった。今だったら微塵も知覚できない程の、やさしい笑顔で俺を見ていたのを覚えている。

夕飯を終え、風呂に入った後は自室のベッドで寝転がる。家での俺は大体こんな感じだった。ただ何するわけでもなく目を閉じて考え耽る。その時間がとても好きだった。これまで色々なことについて考えたと思う。神や世界についても勿論だが、自分という人間や他の人間についても考えたこともあった。現代社会の仕組みなんか考えると嫌気がした。それでも考えた。そして出た結論に当時の俺は諦観した。今の俺はどうか。今の俺は―――。

忘れる事も出来たと思う。出来た筈なのに忘れようとはしなかった。忘れたくなかったか?それもあったと思う。でもやっぱり、忘れることが出来なかったのかもしれない。…何故なら俺はそういう人間だから。

 

大好きな時間はひたすら自問自答を繰り返していた。きっと、ずっとそうして生きていくんだと思う。それで、いいと思っている。

 

 

「ただいまっと、寝てたか?」

突如、声がかかる。

目を開けると、明かりが眩しかった。起き上がり叔父に向き合う。

部屋を覗きこむ顔には、あの時のような優しさが感じられた。

「いえ、大丈夫です。」

「ん、そうか。」

何度目か、俺はそれを壊した。

「…叔父さんこそ。体、大変じゃないの?」

「ああ、まあね。選挙前はこんなもんさ。もう慣れたもんだよ。」

まだまだやれるぞと言わんばかりに腕を廻して見せる叔父に対し、笑みを返す。

「ご飯出来てるんで、温めて下さい。あと風呂も、まだ温かいままの筈です。」

「いつもありがとな。助かるよ。」

「…いえ………こちらこそ。」

「…学校の方はどうだ?」

「そこそこですね。来週はテストのようです。文化祭も近いとの事で、慌ただしいみたいですね。」

「そっか、文化祭か。」

言葉の後、昔を思い出すような顔を見せた。その隙に切り出す。

「ああ後、今度時間が空いたら少し相談があるんですが。」

「ん?珍しい。今でもいいんだよ?」

嬉しかったのか、少し雰囲気が明るくなる。

「いや、今は話せる時じゃないと思うので。」

「うん。そうか。楽しみにしているよ。」

「はい。」

「じゃ、おやすみ。」

「おやすみなさい。」

 

彼女の手がいつもよりほんの少し強く俺の小指を握っていた。

肌に触れているからか、それだけは理解できた。

 

再びベッドに横になる。いつ頃が良いだろうか?やはり選挙が終わった後か。どんな反応をするだろう。おおよその会話まで想定できた。でもそれ以上は止めて寝ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時、俺は全てを諦観していた。

目が覚めると少女が立っていた。

美しい銀が靡く。

 

 

 

 

 

「――――――――。」

 

「――――――――。」

 

 

 

 

 

「なんで」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんで生きているの?」

 

 

無垢なその瞳が、とても恐ろしかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝日が眩しかった。隣の少女に目をやる。寝ているのか不明だが、目を閉じたまま俺を掴んで離さない。いつも通り体を起こすと、前触れもなく目を開け俺を引っ張る。

「着替える。」

独り言のように呟くと彼女は部屋を去る。

着替え終えリビングに行くと、いつものようにテレビの前のソファに腰かけていた。俺もいつも通りに座る。叔父さんはもう家を出ているだろう。朝も早く6時には家を出ているのを知っていた。

「…堅いだろうに。」

選挙とはまさに有事なのだろう。どれだけ実力があろうとも国民からの期待や信用がなければ落選。逆を言ってしまえばどれだけ無力でも嘘と方便で何とかなってしまう。落ちた者は次の日からは無職。怖い世界だ。そんな彼らを支える叔父もまた良くやってきているものだな。と、そんなことを思う。

「………………」

小さくため息を吐く。遊んでいられるのは今の内だな。そう思うと体が重くなった。

これからどうするか――。改めて考える。そんな事をしている内に時間は過ぎていく。

 

 

 

 ――行こうか。どうせ今はそれしか出来ないのだ。味気の無い世界が俺を待っている。それが終わるまで、俺は流されていれば良い。重い体を持ち上げる。ああ、全て終わってしまえばいいのに。

 

そんな風に思える程につまらない世界へ、俺は旅立った。