WORLD -6-

 自宅に着くと夕飯の支度をする。自宅に着いた時には9時をとっくに回っていた。

「…いただきます。」

自らの作った料理を頂く。

 

叔父さんが帰ってきたのは11時過ぎだった。自分の部屋へ帰ろうとすると、玄関からガチャリと音がした。

「おお。ただいま。」

少し驚いたあと、顔が和らぐ。

「お帰りなさい。今日は遅かったですね。」

「ふう。ラスト一週間だからね。」

ネクタイを緩め、大きく息を吐く。

「来週まではもう少し遅くなるかもしれないよ。」

「分かりました。おやすみなさい。」

「ん。おやすみ。」

短い会話を終え、部屋へと向かった。

 

 

 

休日の朝、目を覚ます。しばらくは天井を眺めたまま、思考を手放す。

この瞬間、この時だけは安寧を覚える。

 

変わらず、少女は存在した。俺が快感を得ているからか、彼女も同じような気持ちを抱いているように思える。

予定は特に無かった。何もない事に幸福に感じるのは自分だけなのだろうか。ふとそんな疑問が湧く。

「――――――――。」

穏やかな気持ちに浸っていたせいか、やわらかな笑みが零れた。はっとする。

こんな事をしている場合ではない。そう思った。特に予定も無い筈なのに慌てて思考を開始する。

 叔父さんは今日もまた仕事だろう。来週は更に忙しいとの事だが、忙しく働くための準備が今週末はある筈である。昼食はいらないか、洗濯物干して朝食作って――。

 

――何をしようか。

 

一日中ベッドに寝ている訳にもいかないと体を起こし、伸びをする。高く上げた手が彼女から離れる。

「――――――。」

あっ。とでもいうかのような目が離れた右手を見上げる。

それを横目に捉えて少しだけ笑った。

 

 図書館に向かうことにした。目的は特に無い。ただ、何となく浮かんだ。朝食を食べてしばらくした後、準備を終え向かった。

 

 図書館に着くと意外と多くの車や自転車が並んでいた。同じように自転車を並べ、入り口に向かう。入口で待っていた彼女は迷わず俺の隣に並び右手を取る。

中に入ると同じくらいの学生たちが見えた。ああ、そうか。そういえばそうだった。今の時期、学生は受験勉強に励んでいるのだという事をすっかり忘れていた。

彼らを余所に、本を探す。

何を読もうか。しばらく眺め、音楽の基礎知識という本を手に取った。何を取ったのか気になったのだろうか。彼女は表紙を覗きこみ、把握すると何事もなかったかのように元に戻る。

近くの席に着き、本を広げる。内容は既に知ったものであったし興味もなかった。ただ座っているだけというのは明らかに不自然なので、出来るだけ空気に馴染むようにそうしようと思った。

図書館内は静かだった。時々聞こえるのは友人達と勉強に励みながらも談笑する声や幼稚園、小学校低学年くらいの子供達がはしゃぐ声だけだ。それくらいが丁度心地良かった。

 

彼らは中学生だろうか。同じ高校を受けてまた一緒に笑い合うのだろうか――。

あの子達は兄妹だろうか、とても仲がよさそうだ。しっかりしていそうな兄に比べて妹らしき方はやたらと元気だな――。

 

二時間くらいだろうか。することもなかったので視界に入る人達について思考を巡らせた。それにも飽きると席を立つ。帰ろう。

 

「すみません。」

「ああ、あの。ちょっといいですか?」

振り向くと自分より少し背の高い位の異邦人がいた。中東系の顔立ちだ。顔の堀は少し深く、顎鬚を生やしていた。今の声を聞く限り日ノ本語をそれなりに話せるのだろうか。見たところとても楽な格好をしているしここら辺に住んでいるのかもしれない。大学にでも通っているのだろうか。

右肩にかけたリュックサックの中には本でも詰め込まれているのか重そうな印象を受ける。

「何か。」

彼に向き合う。

「あの、少し時間を、下さい。」

「ええ。」

「ありがとうございます。」

感謝の意を伝えると体面に座る。

「私の名前、ダニエル・ショシャンです。近くの大学で、マナの起源について研究をしています。」

「はい。」

「そしてマナの起源について何か手がかりがあると思い、この国にやってきました。」

「はい。」

「この国で昔から伝わる伝説にとても興味があります。」

「はい。」

「なにか、知りませんか。」

 

 

「――――――。」

 

「――――――。」

 

言いたいことは理解できたが少し聞きたいことがあった。

「…まず何故この国にマナの手がかりがあると思ったのですか?」

「はい。でもそれはとても、長いですから……。」

少し考えると重たそうなリュックサックを漁り、中から何か取り出すと俺に差し出す。

「ありがとうございます。」

渡された紙に目を通す。メモ書きか何かだろうか。イスラエル語が書いてある。その中につたない日本語が見て取れる。

 

………読めん。

 

「…では、あなたが知りたいのは日ノ本全体に伝わる伝説ですか?それともここら辺に伝わっているものですか?」

「ええ。ああ……二つとも。」

「申し訳ないのですがこの地域に伝わる伝説というのはあまり知りません。日ノ本全体に伝わる伝説ならネットで調べればわかりますから少し待っていてください。」

待っていてと言ったのだがついてきてしまった。

図書館のパソコンを使い、それ関連のサイトをいくつか抜粋、比較的まともそうなものから日ノ本の伝説がある程度一覧されているページに着くと、印刷機に10円入れてコピーをする。

「ペンはありますか?」

「ああ…はい。」

リュックサックから取り出したペンを受け取ると各伝説の名称を念のためローマ字で書いてペンを返す。

「この中で今まで調べたことがある物はありますか?」

「えー…………んー。」

しばらく印刷した資料を眺めていた。急すぎて困惑させたのだろうか。

「これらが有名な日ノ本の伝説であると思いますが。」

「……これ、貰っていいですか?」

「はい。」

「ありがとうございます。」

「申し訳ありませんが俺にはこれくらいしかできません。」

「そんなことない。とても助かりました。ありがとうございます。」

表情からして迷惑だったという訳でもなさそうだ。理解するのに時間がかかったのだろう。そう解釈する。

「では、もう行きますね。」

そう告げると図書館を出た。